今期の役員と委員会構成

メンバーからの一言

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チャーターナイト25周年記念を記念して編纂した「桜獅子」より抜粋して掲載してゆきます。

第14回


興味ある裁判例の紹介
L池田和司
  個人情報保護法について、その解説をして頂きたい旨のご要望がございました。

 確かに、住基ネットにおける地方自治体から都・県を介して国に接続することが、今問題となっていたり、又個人の氏名・住所・年令・性別などの基本的情報が、何者かに持ち出されて問題となったりしていて、正にアップツゥデイトな問題だと思います。しかし、個人情報の保護が、逆に情報の公開・伝達の側面から大きなしばりになってしまって社会的活動の硬直化にもなっているのではないかという面もございます。これらの調整などを考えて、個人情報保護の問題を今一度考えてみる必要から、もう少し時間的余裕を頂きたいと思い、今回は残念ながらパスしたいとの結論に至りました。その代わりといっては何ですが、私が最近いくつかの裁判例を検討した中で、特に一般の人にも興味がもたれるであろうと思われる裁判例六件を下記に紹介して説明を致したいと存じます。何かのご参考になれば幸甚です。

1、大学入学辞退者は
        入学金等の返還請求ができるか !?
 
 先般、京都地裁は大学と短大入学辞退者が納入済の学納金(入学金、初年度前期授業料、施設利用料等入学手続時に納入する金額総額)の返還を求めた裁判で、入学始期の四月一日の前後で区分し、辞退がその前の者については全額の、同日以後の者については入学金を除く部分の返還を大学等に命ずる判決をしました。(同地裁平成十五年七月十六日判決)。

 争点は主に次の二点です。第一は「学納金」の性格であり、第二は「在学契約」が消費者契約法の消費者契約に該るか、学納金不返還特約が同法九条一項の損害賠償額の予定等の定めに該るか、もし該るとき同条同項で超過部分が無効となる「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」とは何か、というものです。

 第一の点について、本判決は「(1)在学契約は、学生が学校法人に対し大学等の目的に応じて講義等の教育活動の提供と、これに関連する役務提供という事務を委託する準委任契約と施設利用契約の性質を併せ持つ双務有償契約で、学則と入学手続要項に記載された内容は一種の約款として在学契約の内容となる。(2)この契約は、合格者が所定の入学手続(所定書類の提出と学納金納付)をすることが契約の『申込』、これを大学等が異議を留めず受領することが黙示の『承諾』となり、その年の四月一日を始期とする契約が成立する。また、被告が主張する入学資格保持契約が在学契約と別個に存在すると考える必要はない。(3)従って『学納金』はこの在学契約の対価であり、『入学資格の取得保持対価』だとの被告主張も、入学迄は資格取得保持対価であるが入学後は大学等の提供する便益対価と理解するべき。そして入学希望者乃至学生は在学契約をいつでも将来に向かって解約でき、有効な特約がない限り、前払費用等の性格をもつ既払学納金から既履行分を控除した残額の返還を求め得る」と判示し、第二の点について、「(1)法人たる被告は、消費者契約法の事業者であり、非事業者の個人たる原告は同法の消費者に該る。(2)消費者契約法は事業者が消費者と締結する契約について遵守すべき基本的な規範を定めたものであり、その内容にてらし在学契約にこれを適用して不都合が生ずることはない。(3)学納金不返還特約は同法九条一項の『損害賠償額の予定等の定め』に該り、同項の『平均的損害』については被告側に立証責任があるが、被告主張の通常在学年数総学納金がこれに該るとは認められない」と判示したものです。この裁判は現在控訴中であり控訴審の判断が注目されるところです。

2、ネット上での名誉毀損行為
          プロバイダに責任はある !?

 インターネット上の電子掲示板にAさんに対する名誉毀損発言が書き込まれました。匿名の書き込みでどこの誰が発信したのか全くわかりません。

 一般に、名誉を毀損された被害者は、加害者に対して謝罪・訂正を求めたり損害賠償を請求したりできますが、ネット上の発言では加害行為がなされた場合には、掲示板の管理運営会社(いわゆるプロバイダ等。「ISP等」と略称します)が発信(発言)者に関する情報を教えてくれない限り、加害者を突き止める手がかりさえつかめないというのが特徴です。しかし他方、通信の秘密、表現の自由、発信者のプライバシーといった利益も正当に保護されなければなりません。

 このふたつの要求の狭間に位置するのがISP等です。ISP等は、被害者からは名誉毀損発言が削除されないために被害が拡大したとして訴えられる可能性がある一方、被害を受けたという人の言いなりに勝手に削除すれば、逆に発言者から訴えられかねません。発信者情報を勝手に開示しても同様です。しかし、実際は、名誉鍛損かどうかは判断が難しく、ISP等は、結局板挟みになってしまうのです。

 このようなネット上の情報流通の特徴に鑑みて、平成十四年五月からプロバイダ責任法(略称)が施行されました。(1)情報の媒介に過ぎない立場のISP等の責任を明確にして制限すること、(2)ISP等が発信者情報を開示すべきルール、が定められています。本法(2)に基づいて東京地裁で平成十五年三月三十一日、初の判決がありました(ヤフー事件)。

「去年三人失明させている」等と掲示板に虚偽の書き込みをされたA医療法人(全国で眼科を経営)が、ISP等に対し発信者情報を開示するよう請求したものです。実は、訴訟中、訴外発信者個人Bから自主的にA医療法人に連絡があり、イタズラ心でしたとの謝罪もあったのですが、その後、個人Bが、実はA医療法人とは競争関係にあるCクリニックの広報を担当している株式会社Cの社員であることが判明しました。

 A医療法人は、発信者本人Bが判明してもなおBが全く個人として行ったのか、会社Cの意を受けて行ったのかを特定するためにIPアドレス(インターネットプロトコル。どのパソコンから発信されたかを識別できる)の開示の必要であるとし、裁判所では判決でこれを認めました。

3、別居期間が何年なら離婚請求が認められるか !?

 日本では、相手方の意思にかかわりなく離婚を裁判上求めることのできる事由として、
(1)配偶者に不貞な行為があったとき、
(2)配偶者から悪意で遺棄されたとき、
(3)配偶者の生死が三年以上明らかでないとき、
(4)配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないと き、
(5)その他、婚姻関係を継続しがたい重大な事由があるとき、
と定められています(民法七七〇条)。

 このうち(1)~(4)までは、相手方配偶者に原因があるもので、(4)を除いては、相手方配偶者に離婚せざるを得ない原因を作った責任があるといえます(恐らく、(4)も民法制定時には相手方に責任があると考えられていたのでしょう)。

 このように一方当事者に離婚せざるを得ない状態(法律学の世界では「婚姻関係の破綻」と言います)を作った責任がある場合にのみ、他方当事者からの離婚請求を認める考え方を有責主義と言います。

 それに対し、(5)の事由のように、責任の所在を問わず、とにかく「婚姻関係の破綻」がある以上は、離婚を認めずに婚姻関係を強制しても意味がないという考え方を破綻主義と言います。

 我が民法は(1)~(4)のみを見れば明らかに有責主義を採用していますが、(5)を見ると破綻主義を採用しているようにも読めます。そこで、(1)~(4)と(5)とのバランスをどのようにとるかによって、離婚請求が認められる範囲が変わってきます。

 従来、裁判所は、浮気をした夫からの離婚請求(自ら離婚原因を作ったという意味で「有責配偶者からの離婚請求」と呼びます)信義則に反するとして認めてきませんでした。ところが、最高裁判所は、昭和六十二年九月二日に、初めて一定の条件を付けて、婚姻関係の破綻した夫婦について、有責配偶者からの離婚請求を認める判決を下しました。

 この一定の条件には、相手方配偶者が離婚後も生活していけるだけの十分な離婚給付(自宅の分与、生活費の負担等)が含まれていることは勿論ですが、別居期間が何年続くと婚姻関係の破綻を認めてくれるのかが注目の的となりました。

 その後の判例の集積から、凡そ十年が目安と言われてきましたが、東京高等裁判所は、平成十四年六月二十六日に別居期間六年で有責配偶者からの離婚請求を認める判決を出しました。現在最高裁に係属中であり、その判断が待たれるところです。

4、 航空機事故の場合の
         損害賠償責任はどうなっているか !?

 航空機は事故の確率からすると極めて安全な乗り物とされていますが、運行中に停止できない唯一の乗り物だけに、実感的には危険な感がぬぐえません。墜落事故はもとより、安定飛行中に通路を歩いていて、突然の気流の変動で航空機が大きく揺れて倒れて怪我をするということもあります。そうした航空機事故の際の、航空会社の損害賠償責任は、搭乗者と航空会社間の運送契約の内容を定めた航空運送約款の定めるところによります。

 まず、賠償の対象となる損害は、「航空機内で生じ又は乗降のための作業中に生じた」「事故又は事件」による損害です。この範囲の損害であれば、航空会社は「航空会社及びその使用人(従業員、代理人、請負人等の履行補助者)が、その損害を防止するために必要な措置をとったこと、又はその措置をとることができなかったこと」を証明しない限りは、損害賠償責任を負わなければなりません。つまり、航空会社の責任は、過失責任ではありますが、航空会社が無過失の立証責任を負っているもので、その分だけ搭乗者は責任の追及が容易になっています。

 国際線の場合には、国ごとに国内法が異なることから国際航空運送に関する民事法を統一するために「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」(ワルソー条約)が結ばれており、日本を含めてほとんどの国が加入しています。ワルソー条約は、航空会社の賠償額の上限を生命・身体の損害の場合一人当たり二十五万金フラン(一金フランは純度九十%の金六十五,五ミリグラム、金一グラム千二百五十円として約二千万円)と制限しています。ただし、航空会社又はその使用人に故意又は重大な過失のあった場合には、この賠償限度額の制限は適用されません。

 なお、日本の航空会社は、いずれも、この賠償限度額の制限条項を撤廃しているので、実際に生じた損害額につき賠償責任を負うことになります。この他、手荷物に生じた損害についても、国内線・国際線ともに一定の賠償限度額を運送約款中に定められています。

 賠償請求権の時効は、日本法上は、不法行為責任は三年、債務不履行責任が五年の時効期間が定められていますが、国際線の場合はワルソー条約により、航空機の到着日または到着予定日から二年以内に訴えを提起しなければならないと定められている点に注意を要します。

5、内容証明郵便は受領を
        拒否することができるか !?

 内容証明とは、郵便の内容である文章(手紙)について、いつ、いかなる内容のものを、誰が誰にあてて出したかを、差出人が作成した謄本をもとに郵政事業庁が公的に証明する制度をいいます。この証明のある郵便物を一般に内容証明郵便と呼んでいます。

 個人や法人その他の団体が、権利義務の得喪や変更に関する重要な通知をする場合、その通知の内容を公的に証明してもらい、具体的証拠を残しておくために内容証明郵便が利用されます。そして内容証明郵便が、いつ相手方に届いた(送達された)かを確認するために配達証明郵便とするのが通例です。

 ところで、民法は、郵便を利用した場合を始めとする隔地者問の意思表示の効力の発生時期については到達主義を採用しています(民法九十七条一項)。この「到達」について、一般に、相手方が社会通念上了知しうるべき客観状態が生じたと認められることであると解されており、裁判例でも、直接相手方に手渡される必要はなく、同居の親族、事務員、たまたま会社に居合わせた代表取締役の娘、に手渡されてもよいとされています。

 他方、郵便物については受取人は必ず受領するとは限らず、時として現実に受領を拒否したり、受領を困難あるいは不能ならしめたりします(不在時に配達を受けたものの郵便局に取りに行かず留置期間経過で差出人に返還される場合があります)。とりわけ、前述したように配達証明つき郵便が権利の得喪や変更に関する重要な通知に利用されると言うことは、受取人である相手方に不利な内容を含むことから問題が生じるのです。相手方が郵便の受領を拒絶した場合などに全く「到達」を認めないとすれば、普通郵便より慎重な手続を取ったがために差出人である表意者に不利益を与えることになって妥当な結論とはいえません。最高裁(平成十年六月十一日)は、遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された事例について「遅くとも留置期間が満了した時点で受取人に到達したと認める」とし、東京地裁(同年十二月二十五日)も、賃金債権の時効中断のため催告の内容証明を事務員が受領を拒絶した日を持って催告が到達したとみなす」としています。

6、家庭用中古ゲームソフトは
        著作権者の許諾なしで自由に販売できる !?

 最高裁第一小法廷は、二〇〇二年四月二十五日、家庭用テレビゲームの中古ソフトを著作権者の許諾なしに自由に販売できるかについて、自由な販売を認めた東京・大阪両高裁の判決を支持し、販売差し止めを求めたメーカー側の上告を棄却する初の判断を示しました。「中古ゲームソフト」というのは、家庭用ゲームソフトの新品を購入して遊んだ消費者から販売店が使用済みのソフトを買い入れて、改めて消費者に中古品として販売するものです。

 著作権は「著作物」を創作した者(著作者) に認められる権利ですが、書籍、音楽、絵画、映画、写真等著作物の種類によって、その取引態様が異なることから、それによって異なる内容の権利が認められてきています。例えば、映画はオリジナルフイルムをプリント(複写)したフイルムの売却ではなく、各映画館に一定期間貸与する「配給制度」が採られていることから、著作者には「頒布権」(複製物を譲渡又は貸与する権利)が認められています。つまりプリントの所有者といえども著作権者の許諾なしに勝手にこれを譲渡、または貸与することは許されないのです。このように著作権者に複製物の譲渡、貸与をコントロールする権利を付与することで、巨額の映画製作資金を回収する機会を保証したわけです。

 メーカー側は、ゲームソフトも「映画の効果に類似する視覚的又は視覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物」として映画の著作権が成立し、著作者には頒布権があるから、中古ソフトを譲渡・貸与する場合も著作者の許諾が必要と主張しました。

 これに対し、最高裁はゲームソフトも映画の著作物に当たり、著作者には頒布権が認められるが、家庭用ゲームソフトが映画とは異なり、「公衆に提示することを目的としない」点に着目し、頒布権は複製物(ゲームソフトはすべてオリジナルから複製した物である)が著作者からいったん適法に譲渡された時点で消滅するとし、中古ソフトとして再譲渡する行為に及ばないと判示しました。

 これにより、販売店は自由に中古ソフトの販売ができることになりますが、うなぎのぼりと言われるゲームソフトの開発の開発費用の回収が事実上困難になることが予想されるから、メーカー側と販売店での開発費用の解消のための現実的な話し合い(販売店が販売額の一定率をメーカーに支払うと言う話)が進むでしょう。